現在の映画界において、最も動向が気になり、新作が待ち遠しく、

そして将来が楽しみな存在が、二ノ宮隆太郎だ。

一発のショットで映画の魅力を伝える技を知っている監督であり、

たらりと歩いているだけで画面を支配する力を持った俳優である。

その抜群の映画センスは天性のものとしか思えず、

映画に愛されている男であることは疑いようがない。

へりくだった北野武に狂気を足すと二ノ宮隆太郎になる。

日本映画の救世主になると本気で信じたい。

                —矢田部吉彦東京国際映画祭 作品選定ディレクター)


 

エンブ出身の俳優が映画を撮ったというので観たら上手でユニークで泣けるのであった(『楽しんでほしい』)。

二ノ宮君に会ったら、人なつこくて愛想がよく好印象、それがファーストインプレッションだった。         

でも何度か会ってるうちに、世の中に異常に摺れている気がして薄気味悪さも感じられるようになった。

喧嘩は弱いけど、不良連中の中にいても立ち回りとセンスで生き延びてしまうそういう奴。

川島雄三監督「幕末太陽傳」の居残り左平次みたいなイメージが二ノ宮と重なった。

それが二ノ宮隆太郎なのではないかという気がして来た。   

 すぐその後撮った『魅力の人間』を観て確信した。

平明な笑顔ですましているカメラが人間をえぐるえぐる。 

こいつは早めに潰して置かねばいかんと思った。          —鈴木卓爾(映画監督)

 

 

不敵な笑みを浮かべて執拗に真実を追及する監督でもあり、

ビー玉のように死んだ目を武器にした孤高の役者・二ノ宮隆太郎。

そんな彼が普段は社交性に富み、みんなに愛されるわけだから、

そのバランス感覚は奇跡的で絶妙で、はっきり言って、その才能に腹ただしさを覚える。

こうして書きながらも、あの低姿勢下衆野郎の為に時間を費やすことに腹ただしさを覚えるが、一方で若干嬉しくもあることが不思議でもあり、結果、そんな自分に腹が立つ。

あいつはどこまでも姑息にあいつの手のひらの上で、オレを転がしやがる。クソッ!

                               —市井昌秀(映画監督)



二ノ宮隆太郎はいつだって世界に苛ついている。
あいつはいつだって映画を撮りながらどこまでも人間の澱んだ部分を見つめている。
あいつはいつだって酒の席でどこまでも欺瞞と体裁の皮を被った人間関係を壊そうとする。
あいつが暴こうとしている世界の正体を、僕らや貴方達はもっと知らなければならない。
とりあえず僕はこの特集上映で一人でも多くの女子が二ノ宮を見直すことを願っている。

                                —平波亘(映画監督)

 

 

『魅力の人間』? 『楽しんでほしい』?
共に意味不明ながら後をひくタイトルを持つ2作品が同一監督から応募され、

PFFアワード2012」ラインナップを決める会議では、どちらを入選作品とするか、

それぞれの作品を推す者同士応酬が続き、長く討議された。
入選は、1監督につき1作品のみとするルールだからだ。
結果、『魅力の人間』を上映することになったのだが、
最初にその年の入選監督にお集まりいただくオリエンテーションにいらした二ノ宮さんをみたときは(監督であり出演者ということを知り)スタッフ一同ひどく嬉しく驚いた。
その後、作品を巡り、お話を伺う機会を重ね、『魅力の人間』が「かわいそう」という言葉を巡る復讐譚、のようなものだと知る。
当時、あるいは今も、言葉で伝えることを非常に苦手にしている監督(のひとり)である彼が、「かわいそう」という言葉の記憶を巡り年月を経た今、この映画を構築する。そのことに創造するものの業をみるおもいがした。
映画監督。傍にいて観察されるのは嫌だけど、その眼がその耳が作品を生む。
今回は両作品とも上映と聞く。
なんという贅沢。そして、そろそろ話も上手くなっていることを期待している。

二ノ宮監督。                      —荒木啓子(PFFディレクター)


 

二ノ宮君は「いい面構え」をしている。

本人もさることながら、映画の「面構え(タイトル)」も良い。

『人間の魅力』ではなく『魅力的な人間』でもなく『魅力の人間』。

なにかが引っかかる。

ここには意図がある。作為がある。姿勢がある。流儀がある。

いつだって僕はそんな人に期待している。          —森岡龍(映画監督・俳優)

 


 人としては尊敬するに遠く及ばない二ノ宮君だが、彼の作品群には尊敬の念を禁じ得ない。 どこかもうすでに「生きる」ことへの業の深さを悟ってしまったような独特の世界観と人間に対する“ゲスい”洞察力。

特に『楽しんでほしい』の二ノ宮君と父親の庭先でのシーンは儚く美しく、

得体の知れない「魔」みたいなもんがこびりついていて、

自分には到底撮れないと深く嫉妬したものでした。

そして、その恐るべき資質は現代日本映画界において巨匠になるか、

はたまた野垂れ死ぬかのどちらかしか許されない程傑出したものなのだ!

万が一不幸にも後者だった場合、

語り継がれるはずもないその作品たちを今のうちに見ておくことを強くオススメします。

                                                                                         —川村清人(映画監督)


執拗に一つのカットを撮っている。

その執拗さ、執念みたいなものがこれから二ノ宮監督が表現を続けていく上でのキーになっていくんじゃないかと思う。                    —川内倫子(写真家)        


二ノ宮、最高!飲みの場に呼ぶと盛り上がるから、最高!

ただ、映画の話になると厳しいし、うるさい。

フィックスとか、よりの絵とかに、やけに否定的で厳しい!

けど二ノ宮くらいだと思う。

わかりやすく若手監督で、その才能を意識してるの。タイトルセンス含め。

二ノ宮と山戸さんと阿佐ヶ谷で飲んだことあるの、いつか自慢できる日も遠くないかな。 

いつか脚本書いて欲しい。または、俺の脚本を演出して欲しい。

二ノ宮の映画は面白いです。あはは               —今泉力哉(映画監督


 

二ノ宮隆太郎は、ずるい。

僕はこんなに皆から愛されてる人を他に知らない。

きっと映画を見たら、人間・二ノ宮隆太郎の魅力に気づくと思う。

ネガティブな「ずるい」という言葉を彼に向けると、不思議と褒め言葉になる。

テキトーでホラ吹きなニノくんはウソを嫌い、

真実を映し出そうと自分自身にカメラを向ける。

ズルイよ。そんなの面白いに決まってるじゃないか。

ひとまず、 お客さんにはこの特集上映を楽しんでほしいよね、

ニノくん。                          —倉本雷大(映画監督)



俳優志望の若者として出会った二ノ宮隆太郎は、

『意地悪ばあさん』の青島幸男ばりの演技を見せてくれた帰りの電車で、

ケン・ローチ映画への愛情を語るのだった。

演技は過剰だったけど、映画の話をしてるときだけは素でした。     —村松正浩(映画監督)

 


 二ノ宮君は一緒に飲むと、女と映画(9:1)の話しかしない。

『魅力の人間』の登場人物すべてを統括したようなゲスい人間だ。

先日も酔っ払って「ヤリてー」だの「つまんねー」だのしか言わなくなった二ノ宮君をみて、

なぜだか急に、あぁ、そうか、あの作品は二ノ宮君の頭の中で二ノ宮たちが戦ってる様子を描いた映画なんだなと変に納得してしまった。

二ノ宮たちが頭の中で戦っていた『魅力の人間』。

頭の中での戦いが激しくなり、遂に頭が破裂し二ノ宮たちが外に飛び出してきた。

が、二ノ宮たちは広がった世界に対しても絶望し「くだらねぇ」」と『社会人』で四方八方に叫びまくる。

あれから約1年半ー。二ノ宮たちは今どこで何と戦ってるのだろう。

                               —頃安祐良(映画監督)

 

魅力の人間。これは大発見だと思う。

たくさん人が救われると思う。僕は本当に救われた。

監督はまさに救世主である。

本当に魅力の人間だ。

うわぁー、面白かったー!!

そろそろ、Tシャツ真っ黒にされにいきましょー!       —嶺豪一(映画監督・俳優)  

 

ニヤニヤの笑顔を武器にしている。

あの目の奥で、どこまで何を考えているのか、掴めません。    —天野千尋(映画監督)

 


『楽しんでほしい』はいま思い返してもかなり面白かった。

家族と実家を撮った、なかなか素っ気ないけど、愛のある、いわばホームビデオ的な映画。

パーソナルな空気をすぐに思い出せる。

他人んちのホームビデオなんてふつうは見れた代物じゃないのに、『楽しんでほしい』には心が動いた。なぜかは言葉にできないけど、正真正銘の映画だと思った。

おれはこういうものに触れたくて映画みてる、とちょっと思った。

なので、この映画一発で基本的に二ノ宮のことは好きだし信用してるんだけど、

でも実はほかの映画はちょっとまだ面白いと思えていない。

ほかの映画は、カメラがムダに武器っぽくなる瞬間があって、おれはちょっと嫌だった……。

面倒くさいコメントでごめんけど。

 ホームビデオなんて言うと蔑称にきこえそうだから一応説明すると、

ホームビデオを面白く撮れないヤツはたぶん映画撮れないと思うんだよね

(ホームビデオって実は一番難しい気もするけど)。

ホームビデオをいい具合につくれる人が全員映画とれるかっていうとまた話は別だけど、

どうせ映画はこれから100億の映画とパーソナルなビデオ映画に二分される気がする。

二ノ宮がこれからどういう規模でどういう映画をつくろうとも、

まあどうなっても、ずっと「パーソナル野郎」でい続けてほしいとおれは思っています。

たとえば、ジャド・アパトーやリチャード・リンクレイターのように。

「パーソナルな100億野郎」が一番かっこいいね。

100億似合いそうな顔でもあるしね(雑誌のウラの広告的な)。

まいいか。ともかく、特集上映の開催おめでとう!         三宅唱(映画監督)